William Shakespeare Love looks not with the eyes, but with the mind

桐崎千棘「好きな相手にチョコを渡すのが、こんなにも勇気が要るだなんて知らなかったな」

by 桐崎 千棘(『ニセコイ』メインヒロイン)

ご存知の方もたくさんいらっしゃると思いますが、「ニセコイ」という漫画が少年ジャンプで連載されています。

現在、アニメ化を記念して、「少年ジャンプ+(プラス)」というアプリで、過去の話が掲載されているのですが、その中にバレンタインの話がありました(その週のアニメのエピソードを配信しているらしいので、しばらくすると見れなくなると思います)。

内容をざっくりいうと、主人公(高校生)を取り巻く女の子たちが、思い思いにチョコレートを主人公に渡すという話なんですが、帰国子女でバレンタインの存在を知らなかった女の子がこんなセリフを言っていました。

好きな相手にチョコを渡すのが、こんなにも勇気が要るだなんて知らなかったな。

フロイト、ユングと並び「心理学の三大巨頭」と称され、世界的名著「人を動かす」の著者であるデール・カーネギーや「7つの習慣」の著者であるスティーブン・コヴィーに大きな影響を与えたとされるアルフレッド・アドラーは、次のような言葉を残しています。

”幸せとは、皆に認められ、自分で自分を認めることである”

この考え方は、アメリカの心理学者アブラハム・マズローに受け継がれました。

マズローによると、人間の持つ内面的欲求は5段階に分かれており、低次の欲求が満たされると順に、より高次の欲求を求めるようになるとのこと。

(低次)
生理的欲求:
飢え、喉の乾き、睡眠、排泄、性の充足などといった人が生存するための基本的・本能的欲求

安全の欲求:
危険・脅迫から身を守りたい、生活を保障してもらいたいという欲求

社会的欲求:
自分の存在を他人に認められ、他人との関係を持ちたいという欲求

自我の欲求:
自尊心を持ち、他人から尊敬されたいという欲求

自己実現の欲求:
自分自身の持つ可能性を発揮し、目標(目的)となる理想的な水準に達したいという欲求
(高次)

バレンタインに関係がある感情は「愛情」です。「愛情」は社会的欲求に属します。つまり、自分の存在を他人に認められ、他人と関係が持てれば幸せだと感じるのです。

でもこれは、裏を返せば、誰からも認められないことは不幸だということです。

しかし、できるだけ不幸を避けたいと思うのが人間の性(さが)。だから、人は自分を守ろうとするのです。

バレンタイン当日にチョコを貰えるかどうかわからない不安な気持ちの男の子が、貰えなかった時に傷つかないように、本当は欲しいのに欲しくないように振る舞ってみたり、夜遅くまで一生懸命チョコを作った女の子が、本当はチョコを渡したいはずなのに、思ってもみないことを男の子に口にして自ら渡しづらくしてしまったりするのも、全て自分を守る行為です。

そうすると、チョコが貰えなかったとしても「欲しくなかったから」、渡せなかったとしても「あの日はタイミングが合わなかった」と言えるので、自分の欲求が満たされなくても不幸だと思わなくてすみますよね。

もう少し具体的に説明しましょう。

例えば、「チョコを渡したい!でも、渡せない。。」という状況は、「自分の想いを伝えたい!でも、振られるのは嫌」という相反する2つの感情が存在しているためだと考えられます。

「社会的欲求を満たせるかもしれないけど、満たせないかもしれない」という状態です。

告白が成功するというのは、自分の想いが相手に伝わり、受け入れてもらえたということです。振られるのはその逆で、自分という存在が認めて貰えなかったということです。

つまり、告白という行為を通して、自分という人間が、存在してもいいかどうかを確かめているのです。

たとえ、告白をせず、義理チョコを渡すだけであっても、自分の気持ちが相手にバレてしまう可能性があります。そうすると告白同様、自分の存在意義を脅かすことになりかねません。

だから、告白やチョコを渡す行為はとても勇気がいるのです。自分の否定、おおげさにいえば自分の存在理由がなくなってしまいかねない行為をするわけですからね。

「傷つくのが怖いから行動しない」など、色んな理由をつけて告白を避けるのはこのためです。

ですが、行動しないと何も始まらないのも事実です。人から認めてもらうためには、認めてもらうための行動をするしかありません。

しかし、ただ認めてもらいたいからといって、安易に人から注目されようとしてはいけません。

安易に注目を集める手段としては、自分を必要以上に小さく見せたり、必要以上に大きく見せることがあります。

必要以上に小さく見せる例としては、「身長が低いからモテない」とか「3流大学出身だから出世できない」など、自分の劣等感を言い訳に使うことです。

一言でいうと、「可哀想(かわいそう)アピール」をすることです。

必要以上に大きく見せる例としては、「友達に芸能人がいる」とか「家賃の高い家に住んでいる」など、自分の周りのものを使って、自分の価値を高めようとする行為です。

これらの手段を使えば、わざわざ努力して、自分自身の価値を高める必要はありません。手軽に他人からの注目を集めることができるのでとても楽です。ただ、こういった行為を続けていると成長は望めません。

また、自分を認めてもらいたい願望があまりにも強くなりすぎると、これらの手段がエスカレートし、周りの人に迷惑をかけたり、心の病になる危険性があります。

なので、必要以上に自分を小さく見せたり、大きく見せることはやめましょう。

ありのままの自分を受け入れることは勇気のいることです。しかし、等身大の自分を受け入れ、目の前の課題から逃げずに、自分の理想像に向かって努力し続けることこそ、人生を生きる上で大切なことだと僕は思います。

バレンタインのキュンキュンする甘酸っぱい話から、最後はロマンもヘチマもない話になってしまいましたが、悪気はないので、悪しからず笑

Reference:少年ジャンプ+(ニセコイ)、キャリアカウンセラー養成講座 text5(日本マンパワー)

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”Love looks not with the eyes, but with the mind.

ー William Shakespeare
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『語録.com』『理系就活一問一答』開設者兼管理人。京都大学大学院エネルギー科学研究科修了後、三井住友銀行に入行。預金・為替・融資業務から、銀行システムの企画開発、新卒採用活動まで幅広く従事。退職後は、中小企業向け財務コンサルティング及び金融業界志望者向け就職支援会社設立。現在は、理系ナビのキャリアアドバイザーとして、理系学生の就職やキャリアに関するアドバイスを行う。理系就活支援歴10年。大学講演含め、就活セミナー開催実績100回以上。支援学生数は延べ1500名超。