半沢直樹に学ぶ銀行読本

半沢直樹に学ぶ銀行読本「メガバンクは合併を繰り返してできた銀行」

by 上野 洋平(キャリアアドバイザー)

バブル崩壊後、多額の不良債権(約2兆900億円)を抱えた産業中央銀行は生き残りを懸け、2002年に東京第一銀行との合併を実行した。

合併

合併1

その結果、世界第三位のメガバンク、東京中央銀行が誕生した。

関西地方の支店はおよそ50店舗あり、中でも大阪西支店は、大阪本店、難波店、船場店と並ぶ4大支店の1つである。

大阪西支店

現在メガバンクといえば、三菱東京UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行の3行ですが、これらの銀行も東京中央銀行と同じく、合併を繰り返してできた銀行です。

三菱東京UFJ銀行

三菱東京UFJ銀行は、4つの銀行が合併して生まれた銀行です。

1度目の合併は1996年。プリクラやルーズソックスがブームとなったこの年、三菱銀行と東京銀行が合併し、東京三菱銀行が生まれました。

一方、2002年に三和銀行と東海銀行が合併し、UFJ銀行が誕生。UFJとは、United Financial Japanの頭文字を取ったもので、日本を代表する総合金融グループを創造していくという想いが込められているそう。

そして、トリノオリンピックで荒川静香さんが金メダルを獲得した2006年に、東京三菱銀行とUFJ銀行が合併し、現在の三菱東京UFJ銀行が誕生しました。

三菱東京UFJ銀行の歴史

三井住友銀行

三井住友銀行は3つの銀行が合併して生まれた銀行です。

「バブル経済」が流行語になるなど、好景気に沸く1990年に規模を拡大するために、三井銀行と太陽神戸銀行が合併し、太陽神戸三井銀行になりました。

バブルの崩壊後は、業績の回復を目指し名前をさくら銀行に変更しています。さくらという名前は、一説によると、合併前の銀行同士が仲良くなるようにという意味も込められているのだとか。

さらに2001年のITバブル崩壊後に、さくら銀行と住友銀行が合併し、現在の三井住友銀行ができました。

ちなみに、一度消えた三井の名前が復活しているのは、1997年の金融危機の際、三井グループ主導で乗り切った功績から復活したと言われているそうです。

三井住友銀行の歴史

みずほ銀行

みずほ銀行は2002年に3つの銀行が合併して生まれました。

この年は、半沢直樹でもお馴染みの「貸し剥がし」が流行語になったくらいの不景気。

そんな中、第一勧業銀行と日本興業銀行と富士銀行が合併して、みずほ銀行とみずほコーポレート銀行が誕生。

2013年にこれら2つも合併し、現在のみずほ銀行となっています。

ちなみに、みずほとは、みずみずしい稲の穂、みずほの国という日本を讃えた呼び名から日本を代表する銀行を目指すという意味が込められているそうです。

みずほ銀行の歴史

Reference:TBSフジテレビ

『語録.com』『理系就活一問一答』開設者兼管理人。京都大学大学院エネルギー科学研究科修了後、株式会社三井住友銀行に入行。個人及び法人営業にて、海外進出支援、ビジネスマッチング、事業承継・組織再編支援、M&Aのアドバイザリー等の案件に従事した他、ストラクチャードファイナンスやシンジケートローン、資産流動化等を活用した戦略の立案実行支援、新卒採用、プロジェクトマネージャーとしてリスク管理や市場部門システムの企画開発に従事。退職後は、個人事業主として、金融業界志望者向け就職支援、及び、中小企業・個人事業主向け財務コンサルティングに従事。また、株式会社ドリームキャリアでは、理系ナビキャリアアドバイザーとして、理系に特化した就職支援・採用支援に従事。現在は、株式会社コトラにて、理系学生の就職やキャリア支援の他、金融やコンサル、IT、経営層向けの転職支援を行う。理系就活支援歴は10年。大学講演含め、就活セミナー開催実績100回以上。支援学生数は1500名超。